2005年4月25日 福知山線5418M、一両目の「真実」

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 精神的には、自宅療養が一番辛い。体はある程度動くようになったのに、社会に参加することを、社会そのものから拒否されているように感じる。今は、自分が社会から必要とされていない。しかも、私が全く参加していないにも関わらず、世の中は普段と変わらないまま推移している。

 補償制度のおかげで、自宅療養をしている今も、最低限の収入はあるようだし、家でぼーっとしていても良いので、ゆっくり休めていいじゃないかという人もいるかもしれない。しかし、2〜3日に1回、病院に行く用事しかない日々は、とても楽で良いという気持ちにはなれなかった。

 ただ、落ち着いて調べものをする時間だけは、充分すぎるほどある。そのため、まず、事故直後にこの車両が転倒する限界速度として、JR西日本が、東京にある鉄道総合技術研究所に依頼してはじき出した、133km/hという数字の根拠を調べてみることにした。


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 いろいろ調べるにつれ、転倒限界速度を求める公式があることが判明した。これは、力学的に導き出されたもので、以下のようなものである。

  

 事故当時、いくら混乱していたとはいえ、自社の車両の詳細データを持ちながら、この程度の計算ができなかったJR西日本という会社に半ばあきれながらも、この式に、それぞれのパラメータを当てはめてみる。

 ただ唯一、分からないのは車両の重心高さである。これについては、私たち外部の人間が知る由もないので、一般的に電車の重心は床面上20〜30cmと言われていることを参考に、仮に床面上30cmであるとした。すると、事故を起こした207系と呼ばれる電車の床面高さは、レール面から1.15mであるから、hG=1.45(m)となる。

 そして、軌間(線路幅)は1.067(m)、現場のカーブのカント(第1章参照)は0.097(m)、曲線半径は304(m・注:のちの事故調査委員会の発表にあわせて、ここでは304を使用)、重力による加速度は9.8(m/sec2)であるから、これらのパラメータを入れて算出された数字に3.6を乗じて時速換算をおこなうと、転倒限界速度は133.1km/hとなった。

 なるほど、単純にこの公式に、これらのパラメータの値を当てはめて計算された結果が、あの当時発表された133km/hという数字だったのか・・・。そのため、一部の専門家が、108km/hくらいの速度では転倒はしないはずだと首をひねっていたのだ・・・。

 それでは、なぜ電車は転倒に至ったのだろうか。以下は、全くの一素人による勝手な考察であるから、読み飛ばしていただいても結構である。

 まず疑わしきは、車両の重心高さの数字、1.45である。

 これに関しては、1両目の私たち乗客の数が、90人であったと少なめに見積っても、6トンほどの重みが増していたはずであるが、この私たち人間の重心は、通常、ヘソと腰の間にある。そのため、たとえ電車の座席に座っている人であっても、その人の重心は、床面上30cmと仮定した車両の重心よりは高いところに位置し、結果車両全体の重心を押し上げる作用を及ぼす。

 この座席に座っている人に、立っている人のぶんも加え、乗客全員の影響を考慮した、車両全体の重心を計算してみると───高校物理程度の大雑把な計算ではあるが───車両単体の重心より、ざっと8cmほど上がってしまうことになる。

 さらに、この公式は車両が完全一体物であることを前提としているが、実際には乗り心地向上のために、台車と車体の間にバネ装置が入っている。このバネが変位して車体が揺さぶられることにより、重心は見かけ上、15〜25%高くなると言われている。

 仮に、バネによって重心が見かけ上、25%高くなるとした場合、乗客による重心の偏位も加味して計算し直すと、脱線臨界速度は119km/h台にまで下がり、机上の計算的にも、実際の脱線した───と私が感じている───速度に、ぐっと近づいてしまうのである。

 ついでに、事故直後に実感した、もしJR在来線が標準軌であったなら・・・ということに関連して、狭軌と標準軌でどれほどの限界速度に差があるのか、ということも計算してみる。狭軌の場合と同様、乗客の影響やバネの変位を加味して、標準軌での転倒限界速度を算出すると、130.8km/hとなった。現実には、標準軌の場合、この曲線条件では0.097よりもっとカントが増やされるので、さらに数km/h転倒限界速度は高まることになり、やはり見た目通り、安定性に格段の違いがあるのである。

 そして、他にもいろいろ調べるうちに、ただの運とは言いきれないほど残念なことも、私の知るところとなった。

 事故を起こした列車の先頭車両にはモーターがなく、機器類が床下にあまり搭載されていない、トレーラータイプの車両であったのだが、207系電車の大阪側の先頭車両は、必ずしもトレーラータイプばかりではなかったことである。モーターありのタイプ、つまりモーターや電気関係の機器があるために自重が重く、しかもそのほとんどが床下に設置されているがために、トレーラータイプより重心が低くなるタイプの車両が、組み込まれているケースもあったのだ。

 その割合は、実に69編成中30編成、つまりおおよそ半分の割合なのである。もし、事故を起こした先頭車両が、モーターありのタイプであったならば、床下搭載機器によって重心が押し下げられ、転倒しなかった可能性が、僅かでもあるかもしれない。

 そこで、207系電車に搭載されているパンタグラフ1基の重量が200kg弱であることを参考にして、脱線したトレーラータイプに比べ、車両の重量増加分約11トンのうちの、0.5トンが屋根上に設置された2基のパンタグラフなどの屋上設備、残り10.5トンが床下の機器であるとしよう。すると、hGの数値は1.24となった。つまりモーターありのタイプは、トレーラータイプに比べ、21cmも車両重心が下がる計算になる。

 そこで、乗客やバネの影響を考慮しながら、転倒限界速度を求める公式にこれらの数字を当てはめて計算してみると、脱線限界速度はトレーラータイプに比べ、126.1km/hと、実に7km/hほど高くなるのである。

 たかが7km/hの差というなかれ、リミットを越えるか越えないかのギリギリのところでの、7km/hのマージンなのである。このことによって、電車は転倒せず、一種の暴走運転ですんだ可能性があったということである。仮に車体が転倒しなくともけが人は出たかもしれないが、これほどひどい惨事にはならなかったはずだ。

 このマージン算出の前提になる、車両重心の計算はまことに稚拙なため、専門家には笑われるかもしれない。しかし後日、ダメもとでJR西日本に対し、207系電車の先頭車両の、モーターありなし両タイプの重心高さを問い合わせてみたら、公開しないでほしいとの約束で(何故???)、正確な数値を教えてくれた。

 きっちり計算したつもりである自分が驚くのも変だが、数字はほとんど合っていた。それでも、一般的な結論として言い切ることは、とてもできないのであるが、当日の車両のやりくりによる運で、おおよそ2分の1の確率で、この悲劇が起こらなかったかもしれないのである。


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 7月8日、JR西日本は、事故を起こした207系電車の後継として、新型通勤電車・321系の投入を発表した。

 今回の事故を受けて、新たに開発されたものと思いたくなるようなタイミングではあるが、実は事故当時、すでに開発が終わっているどころか、大阪府東大阪市の、とある車輛メーカーの工場の中では、第1編成がほぼ完成していたはずだったものである。

 何でそんな内情を知っていたかというと、事故以前に産業史を調べていた際、その車両メーカーのホームページを偶然開いたことがあって、第1編成が確か5月下旬頃に工場出場予定のように書いてあったからである。福知山線にも乗り入れるとのことで、自分も乗ることもあるだろうし、どんな車両になるのだろうかと関心があった。

 本来は、JR西日本にとって、207系電車以来、約15年振りの新型通勤電車誕生!と、華々しいデビューを飾るはずだったはずだ。だから、取材に来た記者には、この新型通勤電車が、事故を受けてどんなものになるのか注目だ、と言い続けていた形式でもある。

 今回の事故を受け、上に述べた重心の問題を考慮して、先頭と最後尾を含む、7両編成のうちの6両を、重心が低いモーター車にしたと報道されている。これには驚いた。卓越した加速性能が求められる新幹線を別にすれば、7分の6もがモーター車というのは、明らかにオーバースペックであり、かつエネルギー的にも大変不経済である。

 これはおかしいなと思って調べたら、モーター車一両につき4個載っているモーターのうち、2個を隣の車両に移すことによって、当初3両だったモーター車が、見かけ上、倍の6両になっているのであった。意地悪な言い方をすれば、JR西日本の小手先の改修でしかないが、それでもモーターが載ることになった車両の重心が下がることは間違いないし、なんといっても製造コストがかかる方法を、JR西日本が自ら選んだだけでも、進歩と言えるかもしれない。

 ただ、その一方で、今回の事故における2両目や3両目で特に問題となった、車両強度の問題に関しては、事故以前の設計のまま、変わっていないようである。これはどうしたらよいのか、大変難しい面もあるのは、素人の私でも分かる。JR西日本は、プロジェクトチームを作って研究するということらしいが、それなら321系電車の量産を止めて、さらに研究を重ねるくらいの度量があれば、立派だったのになあと思う。

  つづき
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