

「萌の朱雀」の里を巡って/映画見ました
私事ながら、このほど和歌山県新宮市で仕事があり、図らずも往路に国道168号を通過しました。このとき、バスの中からではあったものの、久しぶりに未成線「五新線」(五条〜新宮間の未完に終わった鉄道線)の跡を目の当たりにしました。この「五新線」は、以前のこの項でふれたように、今年のカンヌ映画祭のカメラドール賞を受賞した河瀬直美監督の「萌の朱雀」の重要な舞台でもあります。

「五新線」は、大正8年に地元が国会への陳情を決議したことから始まって、昭和になってからようやく起工したものの、戦時中にいったん工事中断、その後大塔村阪本までの阪本線として工事が再開されて、昭和34年に五条〜城戸間の路盤が完成しました。ところが今度は採算上の問題もあって国鉄はこの区間の路盤を使用したバス路線として運行することにし(昭和40年開始)、結局鉄道としては開通せずに現在に至っているという、まことに奇特な運命を辿った線です。ところが、その後も城戸〜阪本間の建設は行われ、国鉄再建問題から工事がストップする昭和57年(!!)までの間にわたり、工事が続行された結果、立川渡までほぼ完成したうえに、阪本までもかなりできあがっていたといいます。一言でいえば、全国いたる所に見られる、「我田引鉄」ローカル線建設問題が見えかくれする未成線のひとつでもあります。
改めて「五新線」に並行する国道を通ってみると、車窓から直接見える分だけでも遺構は実にたくさんあり、改めて驚かされたという印象です。一番驚かされたのが、宗川に架かる大鉄橋(A地点)で、あまりにも鮮やかなオレンジ色の塗装がなされていました。以前見かけたときには確か赤っぽかったはずと、帰宅後に「廃線跡を歩く」をひもといたところ、やはり塗装は赤色ではありませんか。錆止め保守のために色を塗りなおしたのでしょうか、理由は分かりません。
その先も、阪本の集落のすぐ手前(B地点)まで、何カ所かでトンネル口が見受けられ、いくら建設費がかかったのだろうと怒りに近い心境を覚えました。もし完成したとしても、置駅できるような集落は数えるほどしかなく、北海道の石勝線の様に都市間輸送も見込めない。それではどんな需要の構想を持ってこの五新線計画は続いたのか、まったくもって疑問です。いくら陳情を熱心におこなったとはいえ、無謀な計画に踊らされた地元も哀れに思えます。(記帳No.148 平井慎一郎さんが五新線の訪問に行っておられます。この中に問題の大鉄橋の写真もあります)
さて、この未成区間のバス専用道区間やトンネルがふんだんに登場する「萌の朱雀」、10月25日のテアトル梅田(大阪)及びCINEMA DEPT. YURAKU EAST(奈良)の関西から封切られ、そのほかの地方では11月1日の銀座テアトル西友等より公開が始まりました。私もこのほど映画を拝見させていただきました。これほど観客に媚びない(いい意味で)映画も珍しいと思いましたが、感想云々は長くなってしまいますので、ここではこのページならではの情報を。それは、映画のパンフレットに阪本線の計画略図が載っているのです。それによると、駅の予定地が城戸、立川渡、阪本の3箇所であったことや、B地点のトンネル口は、実は天辻峠を越えるトンネルであったことなどが分かります。パンフは800円で売っていますので、興味のある方はどうぞ。