触発されるものがあって、廃線を探訪してみたいと思い、ちょっと会社の帰りに身近な廃線跡をたどってみました。


 結論からいうと、このあたりに10年以上住んでいるのに、なんで、そのころいかなかったんかなぁって思ってしまう、つまり、殆ど跡は残っていませんでした。それも、どうみてもここ2〜3年でツブされてしまった跡があるように見えました。

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 今回、探訪したのは、多分名もない支線です。中央線三鷹駅から旧中島飛行機(零戦を作った会社です)のなにかの工場への支線で、いわゆる線路名称もなく、旅客扱いもなかったと思います(調べていないので不明ですが)。現在、工場だったところは、通称武蔵野通研、つまりNTT武蔵野電気通信総合研究所(だったかな)になっています。

 三鷹駅から西のほうへ線路沿いにいくと三鷹の電車区があります。その少しさきにある公園、堀合公園というのですが、そこからがこの路線が中央線から離れていくところです。この公園にはその敷地の南端に沿って金網が立っているのですが、それが、例のカーブ、そう、いかにも鉄道路線というカーブです。

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 このあと、この軌道敷跡は遊歩道となって玉川上水まで続いています。で、ぷっつりと切れ、浄水場の横を通って井の頭通りをぬけ、五日市街道を抜け、グリーンパークまで続いています。

 しかし、ほとんどの個所で軌道敷跡は遊歩道と化し、まったくといっていいほど痕跡は残っていません。唯一の痕跡は玉川上水を越える橋脚の跡です。かつてはここに橋がかかっていたことを教えてくれます。

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 また、かなり以前に整備されたと思われる五日市街道北側の遊歩道の途中にある公園には、枕木で組まれた遊具が、ここに鉄道があった証拠のように佇んでいました。