251.高坂 史章さん
はじめて書き込み致します。さて、そのうちに福知山線旧生瀬-道場間を歩いて見ようかと思います。ところが、武田尾ー道場間は歩けないだとか、生瀬ー武田尾間もダムで水没しているとかいろいろ聞きますが、実際のところどうなのでしょうか?御存知の方が居たらお教え下さい。よろしくお願い致します。
252.日野 恒彦さん
一部だけですが、興味深く拝見させていただきました。今後とも、より沢山の路線と情報の収集・公開に励まれるよう期待させていただきます。
さて、これが何らかのお役にたてれば幸いなのですが、内子線について・・
旧線の廃止後の昭和63年頃、映画撮影のために、旧五十崎駅付近から五郎方面へ500m程、線路を使用しています。山田洋次監督作品で、「ダウンタウンヒーローズ」という映画だったと思います。その後も、観光キャンペーンで同区間を何度か使用しています。
253.黒水 浩司さん
ついに、西鉄北九州線最後の区間黒崎(熊西)-折尾間の廃止が正式にアナウンスされました。(i_i)昨年、全体的にリサーチして折尾駅手前のレンガの3連アーチ(しかもねじりまんぽ!)や、『九軌用地』の境界標などを発見しているだけに惜しさもひとしお。ま、話を聞いていたので行って来たのですが.....。
門司駅の扇形庫も春には取り壊されるし、西小倉駅も再開発で大きく姿を変えようとしているなんだか寂しいニュースの多い北九州市です。
254.中村 真由さん
初めまして真由ちゃんって言う男の子でちゅ ワンワンは電車やSLには興味がない、あるとしたら機械の部分でちゅ
何時も京都嵐山や奥嵯峨方面に散歩をしています。ある日、よく通る道に町並み保存館って言う京都の町家を再現した家が有り中に入るとカマドや水周り・井戸があり、3つの部屋が有り、そこに鳥居本町の町並みを再現した精密な模型が有り・・・(※長さ3m幅1m(約)・・・)
そこに 今、国道137号が有る所が線路になってた・何これ!???受付の叔母ちゃんに聞くと昭和19年まで愛宕電気鉄道が走ってたって聞き驚き・・・
次のURLは検索エンジンで検索した時に見つけた廃線路線をバイクで見るってHPです、ここにも愛宕電気鉄道のレポートがあります。
http://www.mahoroba.ne.jp/~shirai/HAI/atago1.html(編者注 リンク切れです)
保存館の詳細な行き方は
こちら・・・
255.奥山 道紀さん

初めて記帳します。三菱石炭鉱業大夕張鉄道の記事の中でリンクさせて頂いている三菱大夕張鉄道保存会の奥山です。昭和62年7月の鉄道廃止後残された南大夕張駅跡の車両保存を目指して活動を続けています。
現在積雪のため活動は半冬眠状態ですがホームページを更新し、今までの活動案内の他に「三菱大夕張鉄道の歴史」「映画の舞台となった三菱大夕張鉄道」「だるまストーブの話」など多彩な内容となってます。
廃線の話題はこちらのページにお願いしたいところですが、夕張市内の鉄道路線として「国鉄夕張線」「夕張鉄道」「北炭真谷地専用鉄道」の解説記事を新たに加えました。
256.小林 克美さん

枝ページである小さな鉄道のHPに、九十九里鉄道、北海道丸瀬布森林公園の車両、銚子電鉄(現役)の写真をUPしています。なにか情報をお寄せいただければ追加掲載しますので、よろしくお願いします。
257.中村 浩史さん

はじめまして…と言っても,約1年半ぶりくらいの書き込みになります。
さて,私は京都に住んでおり,以前から京都市電(昭和53年全廃)の全廃線跡を追ってみたい…と前回書いていたのですが,こつこつと撮ってきた写真を整理し,ようやくHPを開くことができました。と言っても,まだまだ一部の路線しか紹介できませんが,これからもヒマをみつけては探索していきたいと思っております。
とりあえず,一部の路線の廃線跡や定点比較,保存車両の行方なんかを紹介しておりますので,是非見に来てください。また,皆様からの情報もあれば是非教えて欲しいです。よろしくお願いします。
258.遠山 良徳さん
初めて記帳させていただきます。愛知県の三河部においても平成13年の秋に名古屋鉄道の一部が廃線となるのではないかと報道されています。現在は、ディーゼルカーが走っています。規制緩和とともに収益の上がらない路線は今後も全国で廃線となると思われます。これも時代の流れでしょうか。
259.小野 浩志さん
山陽電車から旧国鉄・尾上駅(高砂線)跡を見ながら通勤しているつまらない会社員です(^^;
ところで,神戸市須磨区の地下鉄妙法寺駅近くのファミ○ーマートの少し上のあたりに謎の橋脚が片側だけあるのですが,これは何かの鉄道跡なのでしょうか。それとも道路?
間もなく新都市道路工事で撤去されそうな感じなので,ご存じの方いらっしゃいましたらよろしくお願いします。
260.森川 克己さん
はじめまして、森川と申します。このHPにも紹介されている、福井県敦賀市の出身です。敦賀の旧路線は、私が生まれる前に廃線となりました。(私は昭和39年生まれ)その廃線跡を、私は何回となく、自分の車でドライブをしていますが、かつてのSLの道を走ると、SLの苦労がうかがい知れます。現役の時には、D51が、何両もの木造客車を牽引して走った区間であり、近代化以前の苦労が偲ばれます。
廃線跡は、これからも無言のうちに、自然に埋もれながら、その存在感をわれわれにアピールしつづけることでしょう。
261.Atsukoさん
はじめまして。私は東京都の某大学に通う学生です。サークルで、北海道の廃線跡を歩こう、ということでこのホームページにお邪魔させていただきました。
私たちは北海道の深名線跡地を歩こうと考えているのですが、詳しい情報がありましたら教えていただきたくメールをお出しいたしました。ホームページを拝見させていただきましたところ、深名線はほとんど撤去されている、という印象を受けましたが、歩けるところはまだ残っているのでしょうか?何か些細なことでも結構ですので、知っていらっしゃいましたらよろしくお願いいたします。
262.とおみさん

子育ての隙をみてネットで遊んでいる、とおみと申します。ウェブページ、大変楽しく読ませていただきました。実際に廃線跡を辿った経験は、残念ながら殆ど無いのですが、古い地形図やロードマップを見て、バーチャルに楽しんでいます。
実は私、この度ウェブリング・システムを使って、「地図同好会」というウェブリングを作ってみたのでした。地図や旅行記関係のサイトを集めて、相互リンクの輪(リング)で結ぼうというわけです。詳しいことは、
http://www.asahi-net.or.jp/~QU2N-SGMT/index-r.htmlを見てみてくださいませ。
263.鹿島 昭治さん
はじめまして。鹿島と申します。建設コンサルタントに勤務し、東京で土木構造物の設計をしております。専門は土木の景観設計です。
じつは縁あって静岡鉄道駿遠線の小堤山トンネルの補修設計を行いました。可能な限り当時のままの姿で復元したかったのですが、煉瓦の劣化があまりに激しいためトンネル内側はコンクリートで巻き、外側の面壁は当時と同じ寸法の煉瓦を同じように積み直しました。
周辺のサイクリング道路も煉瓦を使ってシンプルではありますがきれいに整備し直しました。補修設計の際は吉田さんのホームページの情報をおおいに参考にさせて頂きました。これからもよろしくお願いします。
264.はたやんさん

私のホームページにて「メッセージボード」を開設しました。廃線跡情報はもちろん歓迎しますが、とにかく気軽に書いて下さいね。
265.Setsuko Hosoyaさん
初めまして、細谷健太郎(記帳NO46) の母です。息子のホームページに、あなたのホームページの紹介がありました。これを頼りに初めてメールを書いています。
最近、訳あって、本人のパソコンが機能していません。そこで、あなたのホームページに記帳された方の中で、細谷健太郎のホームページにもアクセスしたことのある方、メールを送ったことのある方と連絡をとりたいのですが、可能でしょうか。可能であれば、ご協力いただけませんでしょうか。
266.はたやんさん

8月下旬に北海道へ行く事を考えてます。観光だけでなく、いくつかの廃線めぐりをしたいと思っています。一応、「根室本線旧線」「羽幌線」「留萌鉄道」のいずれかを狙っていますが、皆様のお勧めがありましたらお知らせ下さい。
期間としては、北海道滞在が概ね3日程度になると思います。スクーター(ヤマハ・グランドアクシス100)で、の〜んびり回ろうと思ってます。
(追伸)私どものHP「鉄道遺跡めぐり」を更新しました。掲示板を「廃線情報」「雑談」に分けてますので、お気軽にお越し下さいませ。
267.Kuroさん
最近、仕事で福岡県粕屋郡宇美町のとある小学校へ行っています。粕屋郡宇美町と言いますと、そうです!かつて国鉄勝田線が走っていたあの「宇美」です。
毎日のように沿線上唯一旧来のムードが残っている旧下宇美駅跡の脇から道を曲がり、奥の方へ行くのですが、その途中にはかつて炭坑線が宇美川を越えていた橋台が残っていたりして廃鉄ファンにはゾクゾクする日々です(^^;
その小学校へ行くと、学校の歴史を展示しているコーナーには昭和40年代の航空写真なんか有ったりして、あまり見ると見入ってしまって仕事になりません(^^)。
しかし、街全体は住宅化が進み過ぎてほとんど痕跡が失われようとしているのが、寂しい限り。先程ムードが残っていると言った下宇美駅跡もインターロッキングの材料が横に山積みされていていつホームの跡が失われてしまうかビクビク物です。
最近、末端がすっかり整備されてしまってはいるものの、ほとんど跡を辿れる勝田線跡。今の内に改めて全体的に歩いてみるつもりです。
268.T.Fukudaさん
8月17,8日と深名線沿線の幌加内-朱鞠内間を、端折りつつ歩いてきました。
最近こちらのページを見ていなかったため、現地で初めて幌加内駅の焼失を知りました。初めは旅行者の火の不始末か、と思っていたのですが、JRバスの運転手氏によれば「事務室内で撤去されずに放置されていたバッテリ類からの漏電」が原因とのこと。かなりのショックでしたが、原因がまったくの事故であったらしいことに少しほっとしています。
こののち、その衝撃の埋め合わせを朱鞠内駅舎に求めたわけですが、こちらの方も今年の7月頃撤去され、ホームも含め完全な更地になってしまっておりました。第三雨竜川橋梁も近いうちに撤去される可能性がある
とのこと。個人的に思い入れの強い路線だっただけにやりきれない思いです。
269.三原 浩さん
中古車のHPを探していたら、いつのまにかきてしまいました。廃線跡・・・なんともいえない響きです。元『鉄ッチャン』、元バイク乗り、としては、とても興味深いペ−ジでした。
高校生の頃、50ccのスク−タ−で筑波鉄道跡を巡ったことがあります。当時は廃線後2〜3年後だったので、かなり線路が残っていたのですが、いまは多分探るのが難しいのではないでしょうか。
270.西川 英一さん
佐世保線日宇駅付近から分岐するかつての海軍専用線跡に関する記事が8/31付の地元の新聞に載っていました。専用線跡の土地は現在国有地なのですが、構造物としてコンクリートの高架橋が80メートル程残っており撤去に3〜5000万程度の費用が見込まれる上、道路に面していないため利用価値が低くそのまま残されているとのこと。ここしばらくは安泰なようです。
271.八重樫 孝治さん
北海道にて春秋中心に廃線を楽しんでいます。私は基本的には路線跡を自転車(MTB)で通れるところは通り、出来ないところは迂回しながら見上げながら、時期・場所によって自分なりに考えて走ってます。
調査済みは士幌線・広尾線・妻線・渚骨線・相生線・白糠線・標津線・湧網線・高畠鉄道・歌志内線・上砂川支線・興浜南線・興浜未成線・十勝拓殖鉄道です。これから、美幸線・深名線調査に入る予定ですか熊さんが心配で、誰か同様の調査をしている人はいないかな〜と思いながら、どうせいないだろうと、どうすれば熊さんに遭う確立が低いのか考える日々です。
内地も調査したいと思いつつ、転勤ではやめてほしいと、そちらには訴える転勤まじかと言われている30代です。まだまだ全部読んでいませんが、おいおい見させていただきます。また、これから調査時期に入りますのでそのときは報告させていただきます。
272.ユウサクさん

ホームページ内に8月に訪れた田口鉄道−豊橋鉄道田口線ページをつくりましたので、興味のある方はのぞいてみてください。
273.ニセチャリダーさん
サーフィンしていて辿り着きました。すごい調査ですね!感動!
特に北海道の『胆振線』を興味深く読みました。
実は、私の母親の実家が京極でして、私は小さな頃から毎年のように京極に行っていました。なので、胆振線には何度も乗ったことがあるのです。懐かしく思い出しました。ちょうど、東京極と京極の中間地点に家がありまして線路も家の裏手にありました。踏み切りが近いので、よく『カ〜ンカ〜ン・・・』と音がしていたものです。今でも確かに、線路跡は盛り上がったままです。
更に少し触れていた京極から脇方へ走っていた、という鉱山鉄道ですが、母親は小さな時、乗ったことがあると話していました。脇方は、その昔大変栄えていた鉱山の町で、人口もとても多かった様です。
それではまた。また寄らせて下さい。
274.八重樫 孝治さん
先週の胆振線に続き今週も廃線探索へ
雪道じゃないと考え、300km以上を走り枝幸まで行って興浜北線跡を斜内までやりました
道は一部国道238号の拡幅の餌食や、BPに化けてしまった個所もありましたが概ねたどれました
ただ、草の実の雨と、蔦のからまるペダルには疲れました。
2日で30kmだからたいしたことないのですが…
今年はあと何回いけるだろう?
275.久保 秀樹さん

いつも楽しく読んでいます。『NHK-BS2「地図から消えた道を歩く」で廃線跡も登場』の項で、鉄道ではない、「旧稲穂峠」編にちょろちょろっと画面に登場した者です。「旧狩勝峠」は、かのグループ(堀さんのコンターサークル)の存在をもっと早く知っていれば、ぜひとも参加したかったとTVを見ながら悔しく思っておりました。
ところで申し訳ありませんが、この場を借りて私のホームページの宣伝をさせてください。
札幌に、昭和44年まで走っていた『定山渓鉄道』というものがありました。親が定山渓出身だったこともあり、人一倍思いいれも愛着もありました。そんなわけで、廃止後に手に入れた関係資料をホームページに編集公開しています。もちろんまだ未完ですが・・・
もし興味がおありでしたら、ぜひ、いらしてください。ご意見感想、情報、エピソードなどご一報いただければとも思います。また、冒頭のコンターサークルの一部グループ『北海道旧道保存会』による、”旧道歩き”の紹介ページもありますので、併せてどうぞ。
276.浮おじさん
先日、琵琶湖の湖北をひとりで旅してきました。JR近江長岡から出ている大阪セメント専用線が廃線となっておりました。
国土地理院の地図では、まだレールがあるような記載でしたが枕木が少しとコンクリートの電柱が残ってました。その時の旅の様子は、下記のアドレスにまとめてありますが廃線の写真は一枚だけです。
http://www.jttk.zaq.ne.jp/baaex902/kohokutop.htm(編者注 リンク切れです)
277.茶谷 正治さん
江若鉄道のページを懐かしく拝見しました。
私は現在61歳ですが、廃線跡に興味を持つようになったのはかなり古く、廃線直後の柳ケ瀬線の国鉄バス専用道路に迷い込んだのがきっかけです。当時は柳ケ瀬駅には木製のプラットホームも残り、中之郷駅にはかなりあとまで給水等が残っていました。柳ケ瀬トンネルには入れませんので引き返しました。
また、山中越えの廃線跡を今庄から敦賀まで走ったのは、北陸自動車道の建設が始まった直後で、山中信号所跡や新保駅跡などはっきりと確認できましたし、刀根駅の構内も工事の車でかなり荒らされていましたが、駅跡とはっきり分りました。
以来、ここをよく訪れますが、国道となった柳ケ瀬線跡も車にとっては勾配があるとは思えないほどで、おおきな半径のカーブは鉄路のあった頃を彷彿させてくれますが、刀根駅が跡形もなく消えてしまったのは残念です。が、その付近の山に石積みのトンネルポータルのようなものが幾つか並んでいますが、機関庫だったのでしようか?。
昨年、久しぶりに山中越えを走ってきましたが、トンネルが旧態の姿を留めて修復されていたのに感激しました。あの不気味な葉原トンネルも照明のおかげで楽に走行できましたが、山中信号所の引上げ線トンネルが壊されて林道になっていたのが残念でした。
○資料 1973年鉄道ファン7月号・1972年発行の「汽車追想」です。参考にされるのであればかしだします。
279.中村 敬さん
TOMYのHPからやって来ました。内容が素晴らしく、しっかりしていて感動モノでした。Mr.いいかげんの称号を持つ自分には到底マネできる内容ではありません!
愛媛県在住ですので、出ていた中では内子線旧線の内子駅の辺りをちょっと歩いただけです。その他は伊予鉄道森松線跡(伊予立花−森松)と地元新居浜の住友金属鉱山鉄道線跡です。
森松線の方は、多分に漏れず道路に転用されてしまい、さっぱり何にもわからずじまい。旧森松駅という伊予鉄道バスの森松営業所に、ほんの少しそんな感じがしただけでした。
一方地元、住鉄(昔はみんなこう呼んでいたらしい。)跡は結構残っています。旧星越駅跡(車庫があったそうで、どこかの鉄道雑誌で写真を見た。)や、そこから分岐?していた国鉄連絡線あとの遊歩道、トンネル跡など、廃線跡愛好者にはおすすめです。またよろしければぜひ当地へもいらして下さい。
失礼しました。また寄らせていただきます。
280.高悠眠さん
こんにちは。このHPでは相当ご無沙汰していましたものです。
さて、今日桜島線の廃線跡を歩いてきました。といっても関西圏の方以外にはわかりにくいでしょうが…
3月31日に開業するユニバーサル・スタジオ・ジャパンの建設に伴い、安治川口〜桜島間が北側に移転させられたのですが、ふらりと行ってまいりました。といっても地図もなかったので確たることは言えないのですが…
旧桜島駅跡は完全にUSJ構内になっているようです。まだ様子はわかりませんが、痕跡はほとんどないでしょう。3月3日の開業が予定されているUSJ駅を南にいった「USJ前」の交差点から安治川口方面に伸びる道路があるのですが、どうもそれが旧線跡のようです。ちなみにその道路は安治川口の手前で、高架になった新線に沿うように構内へと入っていました。安治川口の駅舎も橋上化され、本屋跡は駐輪場になっていました。
いずれまとめて調べる機会があれば、サークルの機関誌にでも載せようかと思っています。それでは。
281.はたやんさん

こんばんは
久々に、ホームページを更新しました。大阪中央卸売市場の引込線跡、その他北海道ツーリングのついでに撮影した羽幌駅など、淡路交通以外も追加しています。
間違い等あったら、御一報下さい。
282.大澤 泰裕さん
赤瀬川原平氏編著「超芸術トマソン」で、1970年代後半の三重県の廃線跡(安濃鉄道・中勢鉄道・近鉄伊勢線など)を取り上げていただいたことがあります。
最近になって、廃線跡についていろいろなところで見ることも多いですが、既に出来上がった方法論で、旧新の地図を見比べ「それらしい」「あやしい」などという業界用語を散りばめ(笑)、ノスタルジックを漂わせて一丁上がりというものも多いようです。
まず大事なのは、役目を果たしたり、悲運にも時局に押し流され役目なかばで消えていったものに対しての、悼みの気持ちがあるかどうかだと思います。
それが無いならば、草むらの中に標識見つけても、永い間をおいた再会のように感じるよりも、もう使われていないから、貰ってっちゃってもいいよネというような、あさましい精神しか生まれてこないと思います。
貴サイトのような、地道な調査研究に共感を覚えます。
283.ハッチ君
加悦鉄道の欄、懐かしく拝見いたしました。私が子供の頃遊び場は主に加悦鉄道の四辻駅付近で初めて自分で切符を買い汽車に乗ったのも加悦鉄道です。線路のホームの数え方がハッキリと分からないのですが私の記憶が確かならば当時丹後山田駅には列車のホームが5面あったと思います。また四辻駅には給水塔もあり貨物線も含めるとホームは四面あったと思います。尚そのうち2面は使用されて居らず草むらの中に浮島のように残っており遊び場に最適でした。ちなみに表面はコンクリート製でしたがコンクリートの剥がれたところからは煉瓦がのぞいていたのを覚えています。廃線後は残念ながら自転車道となりおもしろくも何ともありません。一度走ってみましたが見えるのは柵と草だけ二度と走る気持ちも湧きません。廃線当時から国道176号加悦谷バイパス構想は決定してたのに他に用途は無かったのかと思います。私なら176号をバスにて大江山鉱山跡に到着し大江山鉱山跡〜丹後山田(現野田川駅)〜岩滝まで観光列車(旧式の車両に限る)を走らせ岩滝から府中まで汽船、籠神社で参詣の後また汽船で天橋立、天橋立にて観光の後そのまま宿泊もしくは次の観光地なんていいと思うのですが全ては後の祭です。ですが懐かしい写真などどうも有り難う御座いました自転車で加悦鉄と競争した(その程度のスピードなのです)記憶がまざまざとよみがえり今夜は子供の頃の夢を見そうです。
284.田部 孝さん

あんまりにも綺麗に作られており、うちとの違いで自己嫌悪に陥っています。お暇な方は、うちも覗いて見てくださいませ。
285.中島 淳さん
はじめまして、遠州浜松から富山市に引越して3ヶ月が過ぎたある日、我が家の長男(小学6年)が学校の社会科の授業で、富山地鉄笹津線について、調べることになったので、何か資料はないかな?と・・・。そこで早速インターネットで検索したところ、貴HPに辿り着きました。子供の調べたいことが全て網羅されており、大変助かったのと同時に、毎日上袋の自宅マンションから、地鉄の南富山駅まで歩いている道が、まさしく笹津線の路線があった『道』とは、知りませんでした。
私の所持している平成6年版のGPSナビのCD-ROMには、県道笹津安養寺線は全く道路として存在していないのに、何でたった6〜7年位でこんな立派な道路が出来ているのか不思議で仕方がなかったのですが、本当に目からウロコの状態です。今度の休みには子供と一緒に、三井金属鉱業線とともに、貴HPを参考にしながら廃線跡の探検に行って見ようと思います。
追伸、浜松在住時にも、かつて軽便鉄道として栄えた『遠州鉄道 奥山線』と云う廃線跡が近所にありましたが、今度貴HPにて取り上げていただけないでしょうか?期待しております。
286.ちゃぼタク45さん
栃木県宇都宮市で産出される大谷石を御存じでしょうか?その大谷石を搬出していた「宇都宮大谷石材軌道」という鉄道がかつて存在していたのですが(昭和39年?廃止)何処の廃線関連のHPでもそれらを見る事が出来ません。ぜひ一度、取材にいらして下さい。廃止後約30年以上経ちますが、大谷町やその周辺に廃線跡がいまでも所々に見る事が出来ます。
私はかつて、大谷石の採掘の認可に関わる仕事をしていたのですが、当時、山の職人に聞いた話では、太平洋戦争当時、地下採掘場を利用した中島飛行機の地下工場があって、そこで組み立てていた飛行機の部品の搬入なども行っていたそうです。大谷石関連の仕事から離れてしまった現在でも、たまに大谷に訪れますが、現在でも私がいた当時と変わる事なく廃線跡を確認する事が出来ました。残っている資料も多いので、取材も容易かと思います。
詳しくは大谷資料館のHP
http://www.oya909.co.jp/を御覧になってください。
287.柴田 浩幸さん
はじめまして福井の柴田と言います。福井県にはあまり全国的には知られていませんが、福井鉄道鯖浦線がありました。この鉄道は、今の武生市と越前海岸を結んでいて、福井に住んでいる人には懐かしい鉄道です。しかし、今は存在しない織田駅も、現在も駅前と言えば通じる程です。さらに陶の谷駅は、今もホ-ムと駅名の看板が残り、宮崎村の文化財として保存されています。
288.Sさん
たいへん懐かしく拝見させていただきました。すばらしいホームページをありがとうございます。
細谷さんの和歌山の路線の記事ですがすばらしい記事だと思います。もう和歌山を離れ数十年が過ぎいまや流れ流されアメリカに住んでいます。懐かしい記事をありがとうございます。
当時の南海和歌山軌道は大部分が複線でした。緑道は自転車路の脇に木を植えていますが、ここも鉄道敷地跡です。旧布引駅の付近などは木を植えていないため広く感じますが、この辺はすべて複線でした。また、旧浜の宮駅は紀三井寺団地への道との交点にありました。北側に海南行きのホームがあり、南側に和歌山行きのホームがありました。奥野商店の前に和歌山行きのホームがありましたが、奥野商店はまだあるのでしょうか?(焼肉屋のとなりです)当時は旧布引駅から旧浜の宮駅までは一面畑で何もなかったのです。
紀三井寺公園と紀三井寺団地は46年の国体の開催にあわせて作られました。この国体開催が和歌山軌道廃止の一因となりました。現在の紀三井寺公園付近等はマリーナCITYとの関係もあり華やいでいますが、当時は一面の畑でした。間違うのも無理ないと思います。ホームページの和歌山の鉄道(http://www.snet.ne.jp/tsugita/train/zoomup/wakidou/wakidou.htm 編者注 リンク切れ)にある「紀三井寺緑道 浜の宮付近」の写真が掲載されていますが、この右側に旧浜の宮駅の和歌山行きのホームがありました。トンネルはしばらく退避所が残っていましたが、よからぬ高校生がたばこ等を吸うので防犯上の理由で閉鎖されました(注;けっして私ではありません!)
和歌山軌道についてはトンボ出版からも本がでているようです。和歌浦のロープウェー廃止になったのですね。知りませんでした。当時からあまり人は乗ってませんでしたが。山頂は確かに回転式の展望台になってました。山自体がこの会社のものでしたので、私有地になりますので山頂駅に行くのは難しいと思います。当時も登山道は緊急時以外は閉鎖されていました。
それでは細谷さんによろしくお伝えください。また吉田さんのますますの御活躍を祈念いたしております。
289.カナヤンさん

初めまして。愛知県春日井市に住む者です。HP拝見させていただきました。素晴らしいですね。写真も情報も豊富だし、範囲も広いし。
私も廃線跡のページを作っていますが、何せカメラが安物なので(それ以前に技術に問題有り・笑)酷いもんですわ。大体デジカメじゃないし。
また何度か来ますので宜しく。うちのページも直さなくちゃ・・・・
290.石井 秀俊さん
詳細かつ読みごたえある情報記述に敬意を表します。
私の廃線歩きテーマ地は根室本線・旧狩勝ルート/室蘭本線・礼文華海岸ルート/北陸本線・旧柳ヶ瀬ルート、山中越えルート、そして名立付近の旧線です。
北陸本線は京都での学生時代以来、もう18年来、手を染めています。葉原の大カーブは素晴らしい。杉津の風景はもっと素晴らしい。ついでに言えば海水浴はいつも杉津だった。。。京都から。その海水浴帰り、杉津から今庄まで、トンネルも全部歩きましたよ。最初のカーブトンネルは真っ暗で怖かったなぁ〜(懐中電灯無し)。山中トンネルは1.2kmあって歩いても歩いても出口に辿り着かない。随道内に轟く爆音とともに後ろからダンプが来て焦りました。1983年頃の話。今でもたまに訪れています。
あと、旧産炭地の炭鉱鉄道跡も良いですね。特に北海道・夕張は密度が濃くて私は好きです。また来ます!!
291.なおたろさん

久しぶりに寄らせて頂きました。今まで以上に充実していて素晴らしく思います。
私のホームページも立久恵線を中心として随時更新しております。また、見ていただければ幸いです。それでは。
292.高悠眠さん
こんにちは。JTBの「鉄道廃線跡を歩く8」読みました。
区間変更一覧のように、毎回資料性の高いものを載せてくれるのはありがたいのですが、大学鉄研の機関誌ネタで使おうと思っていた廃線跡を先越されてしまい、うれしいやら悲しいやら、です。
293.黒水 浩司さん
昨年の10月に長崎へ転勤となり、仕事の合間や休日に観察しています。
長崎市内は、自転車で丹念に見てまわれるのですが、長崎港への引込み線の遺構が2ケ所に見て取れるのみです。1ケ所目はオブジェとなっているので目立っている中島川河口の橋台ですが、もう1ケ所はホテルニュー長崎の向かいのヤマザキの裏の運河(?)を渡っていた橋台です。後者の方がレンガ製で中々味が有るのですが、場所柄将来的に再開発で無くなりそうで心配です。
廃線跡は、長崎の場合佐世保近辺の方が量も多く楽しめそうです。
日宇駅からの分岐部分は、国道からも眺められるし、佐々川河口の見返橋を渡りながら山手側(松浦鉄道の側)を眺めると現在線から分岐する鉄道跡は眺められるし、挙げて行けばきりが有りません。時間を作って、自転車を佐世保へ移送してじっくり探索したいのですが。
そうそう、佐世保駅の裏の道を西へ向って佐世保川を渡る所に昔の引込み線の鉄橋が残ってますが、これは米軍エリアの中。その先は確かめられそうにありません。米軍基地と佐世保重工の中はレンガ造の建造物が多く、調べればおもしろそうなのですが、当然入れる訳はありません。これも佐世保の一面ですね。
小濱鉄道の遺構も車で通過しながらでも結構見て取れます。長崎って町中を外れると極端に田舎っぽくなっているためか、郊外の遺構はかなり保存されている感じです。
廃鉄とは関係無いのですが、長崎本線旧線の「本川内駅」が未だにスイッチバックなのには、驚くやらうれしいやら。スイッチバックなんて、在りし日の『赤谷線』「東赤谷駅」や「奥羽本線」旧『峠駅』以来(うう...いずれも20年位前)。
294.おがわかずみちさん

先日、期待ができなかった夏休みを5日もいただいたので、急遽、瀬棚線まで遠征しました。調査では、悪天候とマシントラブルが重なったので、会社を1日ズル休みして、休みを延長しました。
そのおかげで、橋梁を詳しく調べる事ができ、瀬棚町で日本国有鉄道清算事業団からの橋梁撤去の通達文を複写する時間ができましたし、美利河峠付近と花石の物産センター近くにある、瀬棚線建設工事の慰霊碑を訪れる事ができました。
さらに、余った時間で、胆振線の京極駅跡・南京極駅跡その他の状況を、素通りながらも再確認する事ができましたし、カメラの故障で撮影ができなかった北岡駅の待合室をやっと撮影する事ができました。
短期間の調査でしたが、まあ、そこそこの成果は挙げる事ができたと思います。
ただ、美利河峠にあった山瀬トンネルの、国縫側の入口を見つける事ができなかったのと、トンネルがふさがれていたので、内部の状態と構造を目視による確認ができなかった事が悔やまれます。
295.まかてぃーさん

はじめまして。検索でこちらのページにやってきました。どの路線かというと、東武鉄道矢板線です。つい最近栃木県に引越してきて、地域の歴史本を読んでいたところ、矢板線のことを知り、検索してみたわけです。
吉田さんのページはなんといっても、地図がとってもわかりやすいですね。ご自分で作られているように思いますが、大変きれいでレイアウトもうまいと思います。まだ他のページはあまり見られていませんが、おいおい見させていただきます。
私は引越す前、奈良に住んでいました。
そのときに見てまわった「国鉄五新線」の跡について、ホームページに書いています。(元々、関連する映画から興味を持ったものですが)(編者注 リンク切れ)
296.メカアタゴンさん

右京区制70周年記念HP
愛宕鉄道ケーブル跡散策UPしました。
区内観光情報→右京ウオーキングマップ→愛宕ケーブル跡を歩く
へどうぞ。
297.むーさん

始めて拝見させていただきました。今年63歳になった鉄道愛好家です。私はHP『むーさんの鉄道風景』を運営しておりまして、『1953〜1965年あたりの写真』を中心に、『静岡鉄道駿遠線ほか』、『現代韓国の鉄道』を掲載しております。
このHPの静岡鉄道駿遠線廃線あと訪問記を拝見して、もう一度、かつての鉄路の跡を訪ねたいなあと思ったものです。
私のHPも是非御覧頂きたく存じます。
297.相楽人さん

大仏線ですが、冬広さんがご紹介の陸橋(通称:赤橋)と、場所がわかりにくいためあまり知られていませんが、そこから100mほど北側のカンツリークラブ入り口の南の田圃側に回り込んだところに、隧道(通称:梶ヶ谷隧道)が大変保存状態も良く残っています。しかし、当該エリアは都市基盤公団の木津中央地区の開発エリア内であるため、廃線敷きを利用した町道が現在の4m程度から12mへ拡幅が決定しており、今後2〜3年で取り壊わされます。
冬広さんのレポートにもありますが、赤橋、梶ヶ谷隧道は保存状態が良く、また、周辺の里山の景色とともに、100年前の明治の時代をそのまま、タイムスリップさせたような、良好な景観が残っています。後残り少ない、大仏鉄道を皆さんに看取っていただきたいと願っています。
一応、ボランティア作成中の大仏線散策のマップが近々完成いたします。
加茂町側の観音寺新旧橋台等は、今後もこのまま残っていくと思われますが、大仏線の鉄路そのものの原地形としては、トレース(トレッキング)可能部分が木津町側のみですのでご興味がある方は、早めにご来郡ください。
行政側ともいろいろ相談していますが、木津町と加茂町の境界付近のしかも近代土木遺構という性格から、意識が薄く、両町の観光マップにもほとんど取り上げていない状況です。何しろ、教育委員会は土器や遺跡の保存ばかりで近代土木遺構の重要性については、全く関心がないようです。(困ったものです)
私のHPに写真入りで大仏線(相楽鉄道物語)を紹介していますので、ご覧下さい。今日現在大仏鉄道のリンクが切れていますが、今夜中に何とか復旧いたします。
298.相楽人さん

管理人さん、京都の相楽人(野邊孝男)です。このたびは、大仏線資料配付のPRを載せていただき、ありがとうございます。今日になってしまいましたが、資料の方は無事用意できました。
パンフレットの方は紙面の関係で全然不十分な内容なので、是非折を見てアクロバット形式で大仏線の冊子の配布をと考えております。なにぶん1人でやっている活動なので、思うようにいかない部分が多いのですが、吉田さんや、いろいろな人たちの支援をいただきながら、進めていきたいと思います。ありがとうございました。
299.元紀伊阪井在住さん
大変楽しめました。和歌山駅の歴史。野上鉄道。など、とても具体的に読みやすく、内容がしっかりして大変充実したHPだと思いました。
私自身、小学校3年まで、野上電鉄の傍で生活しておりましたので、この電車に私の幼少の思い出がつまっております。個人でこれまで作成するのは大変労力がいると思われますが、これからも楽しみにしております。私もHPを作りたいと思いました。ありがとうございました。