51.林 隆史さん
ぼくは、中学1年の時に東武妻沼線の廃線跡を歩いて自由研究にしました。今は自転車旅行のサークルにいますけど、今年の夏合宿(九州2週間)で廃線跡めぐりをテーマにした班が一つ出来てしまいました。
大手町の合同庁舎で、古い地形図が手に入りますので、廃線調査に使ってみてください。 


52.yoshhさん 
ページを見せて頂きました。その中で加悦鉄道は興味が引かれました。なにせ祖父が近くの宮津に住んでいましてその関係でまず宮津にいくと、加悦のあたりは行くので、まさか加悦鉄道のcoolなページがあるとは思いませんでした。(しかもわたしの家の本家も加悦にあるのです。)
今年も宮津に行くつもりなので、もし加悦に行ったら廃線の様子を見てきます。 


53.藤本 陽祐さん
1周年おめでとうございます。このページに刺激されて、ここに書いてある近所の廃線をまわってみました。さらに最近、デジタルカメラを買ったのでここに書いていない線にもカメラを持っていってみました。
とりあえずは播但線(姫路−飾磨港)、鍛冶屋線に行きました。廃止後数年が経過して少しずつ姿が消えていく播但線に比べて鍛冶屋線は記念館が2カ所ありそれぞれ車両も展示してあり、沿線の愛着を感じました。また時間を見つけて行こうと思います。
このホームページを見つけたとき思わず声を出して喜んでしまいました。私はいまの鉄道よりも昔の鉄道が好きなのです。また暇を見つけて,ほかのところも訪ねてみたいと思います。


54.大槻 浩巳さん 
加悦鉄道のあった加悦町に住んでいます。SLの広場は現在移転工事中です。11月1日オープンです。なお、旧加悦駅駅舎は移転して保存される予定です。
隣町のかたがSLの広場のHPを作っておられます。
http://www.mayuko.com/sl/index.htmlです。


55.mayuko絹工房さん 
ペーシ゜拝見しました。丁寧に記述してあってわかりやすかったです。私の家のすぐ側に線路があって、子どものころの遊び場でした。特に加悦鉄道は古い年代の車両が多かったので(おもちゃのような)メルヘンチックな思い出が多いです。
今度SL広場があたらしくOPENすることになったので、先月簡単な取材に行ってきました。
URLはhttp://www.mayuko.com/sl/index.htmlです。


56.Fujita,Masamiさん
こんにちは、東京の藤田ともうします。鉄道は兄が大フアンで、私はあまり・・・なのですがなかなかおもしろそうなページですね。兄はパソコンがないのでここをみることができず気の毒・・・私も仕事中ですのでじっくりみることができずザンネンです。
さて、いきなり用件でもうしわけないのですが、兄が引っ越したあとに鉄道ジャーナル、鉄道フアン、旅と鉄道、時刻表が数十冊あり、どれも(時刻表を除く)新品同様で、もったいないのでどなたかにお買い上げいただきたいのですが・・・
古本屋では全然だめなのです。よろしくおねがいします。


57.ふじっこさん
幼い頃,妹さんを連れて普通列車で島根に行かれた時も鉄道が好きだったのでしょうね。とてもやさしい気持ちが伝わりました。がんばってください。


58.藤井 宏幸さん 
個人的ですが、「倉吉線」懐かしすぎます。小学校の時、踏み切りの警報機の音で時間を測りながら登校していました。遮断機のない踏み切りでスタンド・バイ・ミーよろしく、汽車の来る音を線路に耳あてて聞いたあの頃。「とまれみよ」の表示も同時によみがえってきます。汽車が好きで意味もなく写真を撮ることもしばしばでしたが、その中でも一番多かったのは、身近であった、倉吉線。その写真は今はどこにあるのやら。でも、雪の降る朝、満員の乗客を乗せて懸命に走っていたあの風景は、僕の心の中にいつまでもあり続けることでしょう。僕の少年時代は、「倉吉線」あなた抜きには語れません。最終列車に乗った時、これで、もう2度と勇姿を見ることができないと信じることができなかった。そのくらい生活に密着していた路線でした。
なんだか一人よがりになっちゃいましたが、少しだけ良かった時代に戻れた気がしました。(今が悪い訳じゃないですけど・・・ ^ ^; ) どうもありがとうございました。実家に帰った時には自分も跡をたどってみようと思います。


59.菊地 賢一 さん
私の知っている廃線跡(ご近所ですけど)
・東武東上線 高坂駅〜秩父鉱業だかの工場まで 関越道の近くまで線路の跡がある。
・西武新宿線 南大塚〜?まで 近くこの廃線跡を使って車両基地をつくるという計画案が出ている。
・元 東武熊谷線 上熊谷〜妻沼 10年くらい前に廃止になった。
・東武東上線 上板橋〜旧進駐軍グランドハイツ(現在の光が丘付近) 昭和30年代の地図を見ると引き込み線が乗っていた。現在は跡があるかどうかはわからない。 


60.松波 成行さん 
自分は,自転車ツーリングをしていましたが,廃線の跡を多く見てきました。淋しいレールや朽ちたホームの残骸を見ると,どことなく,切なさを感じさせられました。
実家の東京の府中の町には,廃線跡(どんな線名かは忘れましたが,旧国鉄だと思います。)がありました。たしか,西国分寺を起点として,現在の武蔵野線に平行して南の方に延びていたのは記憶していますが,どこが,終点だったか定かではありません。現在は,歩道化されていますが,レールも一部,残されています。
廃線に対する思い出は,ここから始まっているのでしょう。


61.tadakazu hatogaiさん
初めて拝見しました。東京近郊(東武熊谷線など)もやっていただければ,と思います。
また来ます。


62.信楽(の)燻(製)さん 
「廃線跡」には、引き寄せられてしまう何かがあります。どこかに出かけたとき、列車の窓から、鉄道的曲線を描いていく道・レンガ作りの古びたトンネル・鉄橋の跡などを見つけると、もうたまりません。7月に軽井沢に行ったのですが、入り口を、コンクリートでふさがれてしまった、レンガ作り(?)の、旧線時代のトンネルを見つけてしまい、窓に貼り付いていました。(^^;
家から近いところに、名鉄尾西線森上駅から三興製紙祖父江工場までを結んでいた、貨物線の廃線跡があるのですが、最近になって森上駅に残っていた、レールが剥がされてしまったり、廃線跡を道路にする工事で、きれいに残っていた橋台が消えてしまったり・・・ ちょっと残念です。


63.安室 裕一さん
私は昭和40年代の後半に、日本大学に在籍しており、当時、日本大学鉄道研究会の会計監査を担当していました。その時、北海道は、何回か合宿でゆき、夕鉄も本社と交渉して廃線になる前に夕張から鹿ノ谷(たしか夕張の遊園地のそばをとった記憶がある)の先まで1両編成の貸し切りを行った経験があります。夕鉄の文字をみて非常に懐かしくおもい、メールをださせていただきます。こんごともよいデータを載せていただくことをきたいします。ありがとう。


64.日本信号株式会社さん 
当社は、鉄道信号・交通信号・自動改札機・駐車管理装置等を 中心とする電気設備のメーカです。


65.海平 永浩さん
私は森林鉄道マニアです。まだパソコンを始めたばかりなのですが、よろしかったら、メールをください。ちなみに、先日木曽森林鉄道の廃線跡にいってきました。


66.千葉 正幸さん
素晴らしいホームページ拝見しました。日本の鉄道の全線完全乗車を目指しながら、仕事の都合でなかなか出かけられないうちに地図からどんどん線路が消えてしまい、悔しい思いをしております。そんな時このページを知りました。楽しみにしていますので紹介される路線が増えることを期待してます。


67.中村 三千夫さん
小さなころより鉄道が好きです。「未知の場所につながっている」というだけで何となく不思議な気分になります。
私は、静岡県浜松市で育ちました。当時は貨物駅があったので、引込線が多くあり、行き来するディーゼルカーを見るのが楽しみでした。
私にとって最も身近な廃線といえば、学生時代は沼津にいたため単線化してしまった御殿場線(旧東海道本線)の撤去された下り線でしょうか(廃線というのかな)。
鉄道の旅をしたいと何度か考えたこともありますが、貧乏学生であったためかなわぬ夢となりました。
ヨシダさんのHPを訪れて何となく懐かしい気分になりました。また、機会をみて訪れさせていただきます。


68.川村 紀子さん
以前TV番組で、(所ジョージとビートたけしが出ていた「ドラキュラが狙ってる」だったと思いますが)番組の最後に廃線の旅のコーナーがあり、いつもとても楽しみにしていました。懐かしい感じの音楽と、しんみりとしたナレーションとともに映る,打ち捨てられた駅舎や深い草に埋もれた線路を見ると、懐かしい気持ちになったり、これらを作った人たちの苦労を考えてちょっと心が痛くなったりしました。
どの線路も駅も、大勢の人々の希望とか熱意とか苦労があって作られたものであり、必要とされていた頃もあったのに、今はもう全く利用されることもなく打ち捨てられている姿は、本当に寂しいものがあります。
今年の夏にMTBを購入し、浜名湖のサイクリングロードを良く走っています。又、最近、中部ウォーキングマップを購入し、ハイキングも始めたところです。
今まで,海外旅行や観光地にばかりに目がいっていましたが、HPを拝見して、観光地をまわることばかりが旅行ではないと思いました。
これからもHPを楽しみにしています。


69.幾井 左さん
廃線という言葉には、えもいわれぬ心を揺り動かすものがあります。赤さびたレール、朽ちていく駅、崩れた土手、橋脚など・・・
このホームページを見つけた時は、おもわずおお!!!と思いました。こんごとも、どんどん増えていくといいのですが。
私は、いま高砂に勤めており、国鉄高砂線の廃線後を毎朝見ています。山陽電鉄の尾の上松駅あたりから、高砂まで、昔の風景を想像しながら、ときには加古川橋脚の跡をまだのこっているかなと思いながら・・


70.Mashimo Shinichirouさん


71.大西 正芳さん 
もうだいぶ以前から楽しませてもらっています。特に実家が京都府北部なので、加悦鉄道や北丹鉄道は鉄道写真を撮りまくっていた25年前くらい(小学生の頃でカメラもオートの安いヤツです)を思い出します。日々忙しくて、なかなか実際の廃線跡を訪ねることは出来ませんが、そういえば6〜7年前、JR土山駅から別府港まで別府鉄道の跡を歩いて訪ねたことがあります。その当時は、貴殿のレポートにあるような線路跡の道路はまだなく(一部工事中だったと思います)、貨物車が置かれていた中野駅手前の工場横には線路も残り、その先の国道250号線手前あたりまでは踏切跡なんかもあって、しみじみとした廃線風景でした。(その先の別府港まではこの時点でもレポートと変わりない風景でした)
貴殿のレポートを読んで、廃線跡も時の移り変わりとともにその風情を失っていくものだと改めて実感しました。


72.和田 博一さん
北陸鉄道の大日川の鉄橋のところで,大阪汽車会社の名前が入っているというのがありましたが,当時の汽車会社は大きな会社で,何でも作っていました。自動車なども国策として製造の依頼が国からきましたが,ことわって,代りに日本産業(現日産)が自動車製造に携わり,現在に至っているのです。そんな会社ですので,鉄橋も沢山作ったそうです。ちなみに,東京では墨田川を渡る永代橋が汽車会社製です。
最後になりましたけど,とても面白かったです。一層の充実を期待してます。


73.西嵜 浩二さん


74.藤本 隆志さん
私も旅行中に.廃線跡をチェックしています。最近では.昭和41年に廃止された淡路交通線の跡を見つけたときは.びっくりしました。私の記憶では.賀集駅付近の軌道跡に架線柱の基礎がそのまま残っていたと思います。車両の方は.見つけることはできませんでした。何でも.廃止後に何両かが水間鉄道に譲渡された他は解体された様です。一度取り上げて頂いたら幸いです。


75.堀越 伊知郎さん
3年前、マイカー購入と同時に北陸本線旧線(木之本〜敦賀〜今庄)を訪ねて以来、この分野?の虜になってしまいました。廃線跡を訪れ、かつてそこを行き交った列車や人々のことを思うと、どう表現すればよいのかわからない不思議な気持ちになります。(一種のタイムトラベルでしょうか) また、「あと〜年早 く生まれていたら、この路線に乗れたのになあ」とも思います。
今は、通行止めになっている葉原〜大桐間のトンネル群がこのまま廃道になってしまわないかと心配する毎日です。


76.山崎 哲也さん
これから鉄道跡のホームページを作ろうと思っているもので、構成など大変参考になりました。宣伝じゃないですが、「愛宕山鉄道」については鉄道ピクトリアルの「失われた鉄道、軌道を訪ねて」のシリーズで私の父が発表しているので、一瞥してみてやって下さい。144号(May'63 )ですので今から33年前の跡と比較するのもまた一興かと存じます。


77.原 博文さん
ほんとうに素晴しいホームページにめぐりあえて感動しました。私は39才の公務員ですが仕事に明け暮れていた今までの生活に疑問を感じ始めたときに、このホームページに出会いました。私がこれから探し求めて行こうとしている何かが、ここにあるような気がしています。しばらくここで感動させてください。ありがとうございます。


78.朴木 哲朗さん 
廃線跡には、私も興味を持っています。
宣伝ですが、私のhomepageには、加悦鉄道、下津井電鉄、北陸鉄道小松線の現役時代の車両写真を掲載しました。また、尾小屋鉄道尾小屋駅舎跡の写真もあります。現在は取り壊されたとか。蒲原鉄道(加茂−村松)や赤谷線の廃止直後の写真も撮影してありますので、いつか、掲載を考えています。


79.花田 吉史さん
最近インターネットをはじめまして鉄道関連のページを徘徊しておりますが,廃線跡をテーマとするものも増えてきたようで喜んでおります。
さて,先日岡山臨港鉄道廃線跡を訪ねましたが,なかなかよかったですよ。岡南福田駅付近にはまだ鉄路も残されていて素晴らしい秋の休日を満喫いたしました。ぜひいってみてください。これからもがんばってください。西日本の廃線跡もどしどし紹介してくださいね!


80.塚本 雅浩さん 
廃線派の方が、こんなに素晴らしいHPを開設しているのを知り、また、全国の同じ趣味を持つ方が記帳リストに名を連ねているのを知って、大変感激です。
私も、今年に入って同じ趣味を持つようになりました。札幌に住んでいるので、”廃線の宝庫”たる北海道各地の廃線跡を回っています。しかし廃線巡りは資料なしでは難しいものです。このページが情報交換の場になれば、と思います。
私のHPは、北海道三笠市にある「三笠鉄道村」を紹介するページですが、そのうち自分の趣味の一つである廃線跡探訪を、HPに入れる予定でいます。同じような計画を持っていらっしゃる方が大勢いらっしゃるようですが、できあがったらどんどんリンクして、廃線派の輪を広げましょう!


82.萩原 隆生さん
私は高校生時代に藤枝の静岡鉄道大手線跡の自転車道をよく利用していました。当時は軽便跡などとは知らなかったので単なる走りやすい道だと思っていました。藤枝の郷土資料館でそのことを知り、興味を覚えました。
最近、廃線跡に興味を持つようになり、「歩く」と「歩く2」を買いました。田舎ではなかなか手に入らないので苦労しました。今住んでいる沼津にも蛇松線という沼津駅から沼津港までの路線跡が道路になって残っています。今度の休みにでも自転車で行ってみようと思います。


83.仁木 元一さん 
(編者注)軽便鉄道訪問「下電ちいさな旅」と題して、下津井電鉄関連等のページをつくっておられます。


84.加藤 隆さん 
ついこの間、旧福知山線の廃線跡を歩いてきました。廃線跡といえば、鄙びており、冒険心をくすぐるかと思えば、団体さんをはじめとする、人、人、人で、少しびっくりしました。その他、おもしろく拝見させていただきました。


85.口岩 宜徳さん 
何度かお邪魔していますが、記帳は今回が初めてです。私も細々と廃線関係のページを開設していますので、よろしければ見に来て下さい。


86.古川 和実さん
東海地方や長野の森林鉄道跡や中央西線のSL時代の線路跡や陸橋、トンネルが春日井市高蔵寺駅より多治見・中津川方面の至る所でみれます。
ほかにも、現在はバスでしか運行していない多治見−土岐間の東濃鉄道跡や、中津川駅から付知川沿いに延びていた北恵那鉄道や森林鉄道・木曽郡の森林鉄道跡・名古屋城のお堀の中を走っていた名鉄の跡や一宮市から岩倉市を抜け、小牧市まで延びていた名鉄の跡なども見に行ったことがあります。現在一番鉄道が華やかだった頃の昭和30年前後の地図を探しています。
現在名古屋では毎週水曜日の23:25からの名古屋テレビで放映中のアウトドア番組、レッツ・ドン・キホーテをはじめ、CBCテレビの17時からのミックスパイください(毎月〜金)の月一回の水曜日や日曜日の同じくCBCテレビの7時からの野遊大全という番組なので、特集でよく各地の廃線跡の内容をやっています。


87.杉岡 健二さん 
駿遠線跡の記事を拝見致しました。私も大井川橋梁や跡遠州神戸駅舎を見て来ました。何だか寂しい光景だなあというのが,全般的な印象でした。
さて,私,コンピュ−タは素人なんですが,HPを作ってみました。一目見てやって頂けると幸いです。また,実家が岐阜県各務原市にあるので,幼少の頃より名鉄に乗っておりましたので,今後は名鉄関連記事も作ろうかと考えています。
尚,「レ−ルマガジン」という雑誌に何度か投稿しておりまして,下記の通り記事が掲載されております。 書店にてバックナンバ−を見かけられましたら,御覧ください。
 156号 トワイライトゾ−ンにて 「エナデンの時刻表」
 158号 トワイライトゾ−ンにて 「静岡鉄道駿遠線,夢の跡」


88.本橋 裕さん


89.市之瀬 考之さん
僕はバイクツーリングがてらに、鉄道廃止路線にも興味があって、ついつい道草を食ってしまいます。最近は(といっても、もう2年ほど前ですが...)筑波鉄道の跡を走ってみました。草ぼうぼうで、枕木は撤去されてはいましたが、さすがにその跡は埋め戻してはおらず、ガタガタの連続で、あまりの走り心地の悪さに、すぐ元の道にもどりましたが...。
やっぱり、のどかな風景の中に、ひっそりと朽ち果てた施設や、周りの生活の情景が見える様は、これもひとつの旅情として胸にせまるものがありますよね。頑張って下さい。


90.野村 おさむさん 
大した報告ではないですが、湧網線の網走寄りの区間はサイクリングロードになっています。旧・常呂駅までの部分はほとんどそうなっているみたいです(バスの車窓から見ただけなのでよくわかりませんが)。バスからは、旧・計呂地駅の駅舎がそのまま残っているのがよく見えました。鉄道博物館みたいになった駅もたくさんあるみたいです。佐呂間駅は丸ごとそんな感じ。常呂駅もバスターミナルの2階が資料館に。場所は違いますが、北見枝幸駅も2階がそうでした。実際に歩いてみた旧・浜佐呂間駅近辺は、鉄道の面影を思わせるものはありませんでした。近所の方をつかまえて話を聞きましたが、「このあたりが駅だった」と言われても、という感じです。
また、天北線は、かなり生々しい跡を残しています。特に旧・小石駅あたりの山中は鉄橋や駅舎跡が痛々しい姿をさらしています。
興浜線の未成線跡も意外によくわかります。私が泊まった雄武の民宿の裏手では、盛土を発見しました。バスに乗っていても、ときおり、イカニモっていうのを見かけました。
私もホームページの作成中です。「役にたたない旅行ガイド」というタイトルで、一般のガイドブックには載っていない情報や載せる価値もないような情報ばかりを集めたサイトです。まだデータは少ないのですが、見ていただけるとうれしいです。


91.福井 洋平さん
私の夢は一カ月くらいとって日本の廃線跡を旅することです。こういったホームページをみるといても立ってもいられなくなる気分になりますね。


92.佐藤 欣也さん
私の育った秋田県横手市にはかつて羽後交通横荘線が活躍しておりました。しかし私が小学校入学した頃には廃止となっていました。小学4年になり夏休みの自由研究としてこの廃線跡を自転車で辿り出したのが廃鉄趣味の目覚めでした。
というわけで希少と思われた同好の士が立派にホームページを開いていることに敬意を表し記帳させていただきます。


93.栗田 陽介さん
興味深く観させてもらいました。私は子供の頃鉄道ファンで、廃線跡にも興味を持っておりました。当時、横浜市に住んでいたので横浜市電のはしっていた道(当然跡形もなかったですが)を自転車で見て回ったものです。時は流れて大学生となった私は自転車ツーリングのサークルに入り、かつてやっていたことを再びやってます。いままでに信越本線碓氷峠旧線や大分交通耶馬渓線など数々の廃線跡を見て回りました。今後も廃線跡を巡る旅をつづけようとおもっています。いずれホームページを出す予定なのでそのときには廃線跡に関することも取り上げたいと思っています。


94.熊谷 大輔さん 
すばらしいページですね。すべては見きれなかったのでまた来ます。
でも、私は廃線跡はあまり見たくないですね。興味はわくのですが、出身地が飯田ですので、飯田線の未来を見ているようで不安になります。
飯田にも、廃線と言うより未完成で見捨てられた中津川線(飯田〜中津川)の跡があります。このへんのことをホームページに載せてみたい気がしてきましたが、何より資料がない気がします。


95.小口 覺さん
鉄道は昔(高校時代まで)好きで、軽便鉄道にも興味を持ってました。写真集『棄景』(宝島社)が最も好きな写真集でもあります。『鉄道廃線跡を歩く』も持っています。
実はある雑誌の取材で廃線ファンを取材する必要に迫られております。お話をお聞かせいただける方がいらしゃいましたらぜひメール下さい。よろしくお願いいたします<(_ _)>


96.田部 孝さん
私は鉄道がちょっと好きな短期旅行者で、このホームページを拝見させてもらいました。
実は旧北陸線の柳ヶ瀬線の近くに住んでおり、柳ヶ瀬トンネルは頻繁に利用します。また敦賀-今庄の旧線はたまに行きます。現在葉原トンネルはガードレールで通行止めになっており、トンネル上部から流れる山水のお陰で入り口は大きな水たまりとなってます。道の脇には石の側壁と水路が残ってます。トンネル内部は、入り口よりレールによって作られた、簡易的な落石覆いが見えます。


97.タマール・テンさん 
北海道の上士幌町が好きで、毎年訪れています。私自身廃線跡を旅することはないのですが、上士幌町北部の(十勝)三股にある喫茶店に行く時には、旧士幌線の廃線跡がはっきりと見ることができます。このホームページを見て、上士幌の国道沿いにあった廃線跡を思い出しました。
これからももっと情報が充実することを期待しています。


98.山村 俊介さん 
私も廃線跡が大好きです。今までに羽幌炭鉱鉄道や興浜北線や天北線に行ったことがあります。


99.飯國 信行さん
私は島根県の出雲市(大社線の起点)に住むものです。コンピュータを買ってインターネットをするようになってから、再び鉄道に興味を持つようになりました。といっても好きなのは蒸気機関車、国鉄時代の切符「硬券」と25歳とはいえないような趣味なので、なかなか資料もありません。大学ではその趣味が講じて大社線について研究もしました。
現在の出雲市駅は高架事業が進み、氏が訪れられた頃とはまた違っています。出雲高松駅も現在は整地され、ホームのみが残っているだけです。これはかつて「だいせん号」とすれ違うためにつくられたと聞き及んでおります。


100.柴草 敏明さん
現在、小松に住んでいます。尾小屋鉄道に関する情報ならば提供できるかもしれません。