
| 調査区間:小沢〜岩内 |
| 調査年月:1995年8月上旬 |
岩内線の分岐駅であった函館本線の小沢駅は、無人化されて、小さな待合室があるだけの何の変哲もないローカル線の駅となってしまった。今でこそ、函館から札幌へのメインルートは室蘭本線〜千歳線であるが、その昔、函館本線が栄華を誇っていた頃、この小沢駅には、伝説と化したC62牽引の急行ニセコが停車していた。
降りしきる雨が、そんな栄華の時代を思い出して泣いているように感じたのは私だけだろうか・・・。
岩内線は、待合室側のホームから発車していたらしいが、縁が崩されて、線路は倶知安側の一部を残してほとんどはがされてしまっている。わずかに残された線路は、側線として機能しているようだ。
調査した頃は、函館本線などが雨でおかしくなっていて、駅の脇のロータリーに保線要員を乗せた車が停車していたので、さすがに、駅構内からの調査は断念して、小沢郵便局付近(?)から路盤に入る。
初め、路盤跡には草が多かった(とはいっても、野原程度であったが)ものの全く草がなくなって、線路をはがしたばかりのような錯覚すら覚える。
一度、道路(国道か?)の下をくぐっていくと、轍らしきものが見えた。ひょっとして、車が通っているのか。
そんなことを考えているうちに、木で土止めを施したホームが見えてきた。
国富駅だった。二面のホームがある。さすがに、駅舎はなくなっていた。
国富駅を出ると、小さな橋(カルバート)があった。50m程は、行けそうだったが、犬がやたら吠え立てている。不審者と思われるのもいやだし、放し飼いにされているやも知れないので、幌似駅まで線路の調査をあきらめた。
幌似駅は、鉄道公園として共和町が整備している。
駅舎は、下地を隠すためか、木に見立てた茶色で塗装がされており、窓枠が明るい色で塗り分けられている。待合室には、当事の時刻表が掲げられており、事務室の調度品も、そのままになっている。
駅舎の隅のほうに、レールをぶつ切りにしたものが展示されている。
比較展示されている新幹線のレールを見ると、レールの貧弱さが目立つ。
10mレールが奏でるガダンガダンガダンという走行音が今にも聞こえてきそうだ。
駅の片隅には、晩年には室蘭にいた客車と、緩急車があった。塗装が褪せていて、やつれた身をよこたえている。客車があわれに見えてきた。
しばらく○○川と平行してから対岸に渡るが、よくわからなかった。
前田駅は、駅前広場がバス停留所になっており、ホームが残っている。
路盤跡はその先ある程度まとまって残っていた。
小さな沢を渡って、西前田駅に着くが、沢に架かっていたカルバートは外されている。西前田駅は草むらの中に埋もれており、駅へと入る道がもはやわからない。ホームが残っており、銘鈑があった。
そこから先に進むと路盤は市街地に入る。市街地では、市民が路盤を庭代わりに使っている。花や野菜を植えている。
岩内駅はどうなっているかと思いきや、道の駅として整備されており、どこに駅舎やホームがあったのか全くわからない。
駅があった場所を聞いて、1枚目を撮影して2枚目を撮影しようとしたとき、とうとう、カメラが動かなくなった。後日現像してもらったら、写真にまだらな模様がしっかり写っていたというオチがついて、岩内線調査は幕を閉じた。
小沢郵便局局員(自転車用コンプレッサー貸与)
○○商店の方(荷物の預かり 本当に、助かりました。)
国富駅前の女子高校生
共和簡易郵便局局員(タオルの提供)
1997年に、国鉄清算事業団が国鉄時代に廃止した路線の構造物を破壊して、跡地を更地にする事を大規模に行なうようなので、線路跡や、橋台や橋脚も含めた橋梁や、トンネルが破壊され、必ずしもこの本文に書いた事とは一致しない部分が多くなるものと思われます。早めの調査をお勧めします。