夜行列車退潮に思う




     この3月1日のダイヤ改正で、夜行寝台特急「あさかぜ」「さくら」が廃止されることが大きな話題になっています。

     この夜行列車の廃止は、もちろん今回の「あさかぜ」「さくら」に始まった話ではなく、近年では平成14年に「はくつる」(上野〜青森間)、「アルプス」(新宿〜信濃大町間急行)、「ミッドナイト」(函館〜札幌間快速)が、翌15年には「ちくま」(大阪〜長野間急行)が、そして昨年秋には「だいせん」(大阪〜米子間急行)がと、立て続けに廃止されてきています。これは、長距離夜行高速バスの台頭や、航空路の充実などが影響しているものと思われますが、現在運行されている列車も、「カシオペア」や「サンライズ」など以外は、車両も旧態依然で、かなり傷んだものが目立ち、時代に取り残されている感が否めません。

     昔は夜行全盛でした。古い時刻表をひもとくと、いろんな線区や区間で、多くの夜行列車が設定されていたのがわかります。東京〜紀伊勝浦間「紀伊」、高山線経由名古屋〜金沢間「のりくら」、山陰本線経由米子〜博多間「さんべ」、芸備・木次線経由広島〜米子間「ちどり」など、どれもなつかしい列車です(区間は代表的なもの)。1972年3月改正の時刻表で、岡山駅を通る夜行列車を数えると、定期列車だけで約30往復(!!)、現在の6往復とは比ぶべくもありません。

     夜行列車に大きな思い入れのある人は多いようで、例えば野球解説者の元西鉄豊田泰光氏も、ナイター終了後の大阪から福岡への移動時の「あさかぜ」への思い出をつづっておられます(2月3日付日経新聞)。

     私にとって思い出深いのは、「青春18きっぷ」で乗車した夜行ドン行です。当時の夜行はシーズン時は混むのが当たり前で、座席がいっぱいになるため、よく通路に新聞を敷いて寝たものです。「山陰」(京都〜出雲市間)と愛称が付けられた夜行ドン行によく乗ったものです。

     最近の夜行では、「きたぐに」と「銀河」に乗りましたが、上述の理由が影響しているのでしょう、起点から終点まで通しで乗る人よりも、長距離バスなどが拾いきれない途中駅での乗降が目立ったように思いました。

     夜行列車が消えていくのは時代の流れなのかもしれませんが、昔ついているのがあたりまえであった食堂車の記憶とともに、古き良き時代の鉄道の想い出となってしまうのでしょうか・・・




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