ついに・・・旧高砂線の山陽線越え部分の橋梁撤去へ




    橋梁跡
    山陽線の高架化工事の進展により、奥に
    見える高砂線跡の橋梁は撤去が始まった

     昭和59年に廃止された兵庫県の国鉄高砂線が、加古川起点から東へ出てすぐのところで山陽線をオーバーハングしていた橋梁が、廃線跡が道路化されてもそのまま残されていました。そのため、2車線の道路がそこだけ狭くなって、車の行き違いに大変不便な状況が続いていました。

     これは、橋梁かけ替えの予算が付かなかったわけではなく、この付近の山陽線の高架化により、いずれ橋梁は撤去になるために、たまたま高砂線の名残が廃線後16年にわたって残っていたのです。

     ところが、平成11年から開始されている山陽線の高架化工事の進展により、9月1日からこの区間の道路に通行止めの措置がとられ、高砂線の橋梁の撤去作業がついに始まってしまいました。

     大正2年に開通した路線のものらしく、角に石を配した美しい煉瓦積みの橋台を持った橋梁は、まもなく姿を消すことになります。しかし、高砂線跡には他にも山陽電鉄と並行していた区間の加古川の東岸で、煉瓦積みの橋台や橋脚をもった橋梁跡が、橋桁もそのままに残されており、こちらの方はしばらくの間は安泰のようです。






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