■沿革

 古くから、鉄道は砂利とは縁が深かった。線路にバラストが使われているからという単純な理由からだけでなく、そのもの自体はただ同然(半ば勝手に採取していた?)であるわりには重量があるために、コストの大半を運搬費が占めるという砂利の輸送に、鉄道が適していたからである。


夕景
架線が残る線路敷にまた夜が訪れる。  
列車が走らなくなって何十年も不変の風景  

 そのため、各地に砂利採り用の小支線が敷かれた。特に首都圏では、上質の玉石が採れた多摩川沿いがメッカで、上流は旧五日市鉄道〜国鉄青梅線の河辺より分岐したものから、下流域では東急東横線の新丸子付近より分岐したものに至るまで、国鉄や私鉄、さらには東京市財務局までもが、競うように砂利採り支線を延ばしていた。ちなみに、今回取りあげた西武鉄道でも、多摩川の砂利採り線をルーツとする多摩川線が存在する。

 さて、この安比奈線についてであるが、砂利採りのメッカ・多摩川でなく、荒川水系の入間川の砂利採取のために、(旧)西武鉄道の手によって敷設された貨物専用の支線である。開通した大正14年というのは、関東大震災(大正12年)の直後の復興期にあたり、コンクリート建築の増加によって、砂利需要が飛躍的に増大していた時期と重なる。

 戦後の昭和24年には電化されたが、やがて時代の趨勢が変化し、川床低下や資源枯渇、あるいは自然保護や水害対策を理由に、各地の河川の砂利採取が禁じられるようになった。入間川についても例外ではなく、砂利採取ができなくなっために不要となった安比奈線は、昭和42年に休止された。

 その後、全国の私鉄のなかでも有数の保有数を誇った西武鉄道の、貨車の留置に使われた時期もあったが、それらも撤去され、現在も休止扱いのまま放置されている路線である。



■ガイド 南大塚〜安比奈(貨)間

 西武新宿線南大塚駅の新宿方で本線と分岐し、下り線のプラットホームの裏側に顔を出す安比奈線の線路は、南大塚駅の構内では保線車両の留置のために使われている。

南大塚駅近く
南大塚駅から分岐する線路。  
荒れてはいるが、現役線のよう  

 そして、構内の端でその線路上に簡易な車止めが置かれているのを過ぎると、レールや架線は残っているものの、近年列車が通ったような形跡のまったく見られない、あたかも廃線跡のような情景が展開する。

 あたりは駅近辺の、ごく一般的な市街地になっているために、頻繁に登場する踏切では、警報機や遮断機が撤去されているどころか、レールもアスファルトに埋まっているところもあるほどである。休止というよりは限りなく廃止線に見える安比奈線は、住宅街の裏手のようなところを左へカーブしていく。

 線路敷内は、立入禁止の札が建っていて、はじめは私もそれに従っていたのだが、各地に点在する廃線跡を活用した歩行者専用道路よりもよっぽど多くの人々が、日常的に通行や犬の散歩に使用しているので、こちらも遠慮なく廃線敷に立ち入らせていただくこととする。

 この左カーブが終わらないうちに、片側2車線の幹線道路にぶちあたる(A地点)。

 これは国道16号線で、クルマの通行量が非常に多いため、大型車の通行保安上、当面は必要ない架線など撤去してしまった方が望ましいように思えるが、通常2本並行している架線の上の方にあたるちょう架線と、下の架線が絡まったような、とてもそのままでは使えない傷んだ架線が、道幅の広い幹線国道の上を堂々と横切っているのには驚かされる。

 そして、この踏切を過ぎたあたりから、架線はちょう架線と思われる1本だけに減じる。線路は規則正しく並ぶ架線柱に導かれるようにして、住宅街の中を、ひたすら真っ直ぐに入間川を目指して伸びる。

橋梁跡
B地点の橋梁跡から先を望む。 
ここからは、長閑な田園風景が広がる  

 人が通る幅だけ空けているかのように雑草が生い茂る線路敷では、レールこそ辛うじて二本並行しているものの、枕木は朽ちたのか、かなり抜けてしまっている。

 万が一、この路線が復活するようなことがあっても、架線だけではなく、線路も枕木も全部敷設し直さなければ、到底列車を通すことはできなさそうである。

 そんな、順調に進んだ廃線跡歩きも、行く手に黄色い柵が立ちはだかって、一旦停止を余儀なくされる(B地点)。ここは、小さな川を渡る橋梁があるところになるが、橋梁の手前を横切っている道路を、向かって右側方向に回り込むように迂回すると、小さい橋梁と連続するように架かっている少し長い橋梁の脇のあたり(C地点)に、難なく出ることができる。

 そして、このあたりからは、それまでと一転して、もう何十年も変わっていないのではないかと思うような田園地帯の中を、こんもりした築堤や小さな橋梁などを随所に見せながら、趣も豊かに進んでいくようになる。首都圏近郊とは思えない、こんなのどかな風景の中を、小さな古い電気機関車に牽かれた砂利取り列車が走っていた頃は、とても絵になっていたであろうと思う。

橋梁跡
B地点のすぐ先にはさらに長い  
橋梁跡と、築堤が延びている(C地点)  
点景
かなりの間、線路も  
架線も残っている  

 やがて、行く手にひとかたまりの雑木林が見えてくる。一見、線路はその中に吸い込まれて途切れているように見えるが、実際はその雑木林の中をも一直線にレールは延びている(D地点)。線路の左右から迫り出したり、倒れたりしている木々をものともせず、まっすぐに奥へと延びる線路は印象的で、神秘的でさえもある。

橋梁跡
鬱蒼とした雑木林のなか、ひたすら  
まっすぐに突き抜ける線路跡(D地点)  
点景
河川敷に降りはじめるところ  
にも橋梁跡がある(E地点)  

 この雑木林の中で、いつの間にか架線は消えてしまっているようだが、道路を越え、小さな橋梁があるE地点を過ぎたあたりから、再び架線は復活している。そして、線路は入間川の河原に近づいたと見え、左カーブを描きながら緩やかに勾配を下るという、河原への軟着陸態勢をとるようになる。

 ところが、この左カーブの途中で再び架線が消える。なんだか悪い予感するなあと思う間もなく、突然行く手に大きなコンクリートの塊が現れ、それまでまがりなりにも続いていた線路が、はじめて途絶えてしまっている(F地点)。

 邪魔をしているのは、県道が入間川を渡る八瀬大橋の取り付け部分であるが、廃線跡に律儀に穴を開けてくれる橋や高架橋が多いなか、国土交通省発行の鉄道要覧にも堂々と掲載されているような鉄道路線に、全く配慮するそぶりもなく堂々と橋を架けるとは、なんとも失礼な道路である。いやあるいは、復活の可能性がゼロではない路線のレールが撤去されることを許している西武鉄道が、寛大であるというべきなのかもしれない。まあ、いずれにしても奇妙なことではある。

安比奈駅1
意外に大きな規模の安比奈駅 

 八瀬大橋のコンクリートの向こう側にまわると、再び線路が顔を出している。もう付近は、すっかりどこにでもあるような河原そのもので、線路は草に埋もれたり、また逆に枕木ごと露出するなど、多様な表情を見せている。

 そして、赤い水道橋がある下のあたりで、反位側だけの板が残った転轍標識が、ポツンと建っているのが見えてくる(G地点)。

 ここの草の下に眠っているレールを注意深く見ると、まあ当然ではあるのだが、線路は分岐ポイントになっていて、その先には架線柱が意外なほど多く建っているのが見える。これが安比奈の貨物駅である。

 駅構内の大半のレールは土に埋もれてしまっているが、林立する架線柱の様子から察すると、6線程度は分岐していたと思われ、砂利採り駅としては、かなり大きな規模に属していたであろうことが推測される。北側の架線柱の先には、車止めらしいコンクリートの塊も見られる。

安比奈駅2
一部レールが顔を覗かせている  
安比奈駅3
引上線跡にも架線柱とレールが・・  

 ただ、この周辺の起伏が、オフロード四駆を繰る人の格好の遊び場になっているようで、構内の一部はかなり踏み荒らされており、車にぶつけられた跡のある架線柱もあって、思わず顔をしかめてしまう。ただ、けがの功名というべきなのか、四駆の人たちが走り回るお陰で土が削れて、レールが顔を出しているところもある。

 構内が終わったと思われる先も、1線分の架線柱が所々残っている。これは、引上線の跡と思われ、緩やかに左にカーブしていくレールも一部確認することができる。



■西武鉄道安比奈線あとがき

 各地に点在した砂利採り線は、本来の使命が果たせなくなった時点で次々と廃止された。わずかに旅客営業もしていたことにより、廃止を免れた路線もあったが、その本来の距離の短さから短小支線になりがちなため、旅客輸送も総じて成績が芳しくなかった。そのため、相模線の寒川〜西寒川間(通称西寒川支線)のように、後になって廃止されたものもある。廃止された砂利採り線跡は、その規模の小ささや、駅から河原に延びることもあって、大半が道路や歩行者・自転車専用道と化しているようである。

 そんななか、いまだに線路が残るこの怪しい路線は、沿線に車庫を作り、その連絡線として活用する構想もあったようだが、西武新宿線には隣の狭山市に必要充分な規模と思われる車庫があるため、この構想が実現する可能性はゼロに等しいようだ。

 途中道路橋に遮られていることもあって、なんのためにいまだに休止扱いにしているのか理解に苦しむが、万が一付近が住宅街に化けた場合を想定して、せっかく手に入れた用地を手放さないでいるのかもしれない。ただ、沿線の長閑な田園風景からは、とてもこの先しばらくの間、あたりが住宅地に変貌するような想像はつかないけれど・・・。

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